ゴーリキー・パーク
マーチン・クルーズ・スミス著 ハヤカワ文庫 1977年4月、モスクワのゴーリキーパーク。 積雪の下から男女3人の射殺死体が発見されました。 検死の結果、そのうちの一人の歯にはガッタパーチャが詰められているのがわかりました。 ガッタパーチャとは歯の神経の部分を治療したときに詰めるゴム状物質のことです。 この小説では歯の中にガッタパーチャを詰める治療法はアメリカだけで行われていて、ソ連(当時)やヨーロッパでは行われていないから、被害者はアメリカ人かアメリカで治療を受けたソ連人だろうと推測しています。 1977年頃はすでに日本でもガッタパーチャによる充填はおこなわれていたから、この小説で言ってるのはまちがいということになりますが、まぁ小説自体は作り話なのであまり目くじら立てないことにしましょう。 |
洞窟の骨
アーロン・エルキンズ著 ハヤカワ文庫 人類学の教授でスケルトン探偵という異名をもつギデオン・オリバー先生が活躍するシリーズの一つ。 フランスの旧石器時代の洞窟からなんと現代人の骨が見つかりました。骨の主が現代人だとわかったのは奥歯に金冠がかぶせてあったからです。 骨は犬に喰い荒らされて上顎の部分がありませんでしたが、 下顎の奥歯の一本が上に飛び出ていたことから、 対合歯 (噛みあう歯)が抜けているのじゃないかとオリバー先生は推理しました。 捜査が進んで被害者が推定され、歯を治療した歯科医もわかりました。 歯科医は残された歯を見て被害者の治療を確認しました。またオリバー先生が推理したとおりカルテの歯式から上の奥歯の欠損が確認されました。 |
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警告
パトリシア・コーンウェル著 講談社文庫 バージニア州リッチモンドの女性検屍官ケイ・スカーペッタが活躍するシリーズの一つ。 フランスのギャングの息子で先天性全身多毛症つまり狼男のような男が殺人を犯します。 その殺し方は被害者をちからいっぱい殴打したあと噛みつくという残忍なものでした。 この先天性全身多毛症はこの小説の説明によれば、 歯の異常、 性器の発育不全、 手足の指と乳首の数がふつうより多い、 顔が左右対称でないなどの症状があります。 被害者に残された噛まれた跡が人間の歯ではないような尖ったものだとありますが、おそらく前歯は円錐歯なのだろうと想像がつきます。 |
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私刑
パトリシア・コーンウェル 著 講談社文庫 これも女性検屍官シリーズの一つ。雪の舞うセントラル・パークで若い女の全裸死体が発見されました。彼女は珍しいことに歯に金箔を充填していました。なぜ珍しいかというと、現代ではほとんど廃れてしまった治療法だからです。 金箔充填というのは虫歯を削ったあとの穴に金箔を折りたたむようにしてギュッギュッと詰めたものです。この金箔充填がいつごろなされていたのかよくわかりませんが、30数年前私が学生だったころ実習の項目にはありました。(当時学校からわたされたのは金箔ではなくてアルミフォイルでした。「金箔は高くて買えないからアルミフォイルで代用する。やり方だけ覚えるように」とのことでした)実習 ではやったもののその後の臨床では一度もやったことがありません。私が学生のころにはすでに過去の技術になりつつあったのでしょう。 で、セントラル・パークの女の死体ですが、被害者が老人ではなく若いということから、少なくともこの10年くらいの間にこの金箔充填を受けたのだとわかります。小説のなかではアメリカの西海岸に現在でも金箔充填を熱心に研究している歯科医のグループがあり、その線をたどることで被害者の身元が割り出されました。 この金箔充填を研究している歯科医のグループというのは小説の中の架空の存在だと思っていましたが、じっさいに American Academy of Gold Foil Operators というのがありました。おそらくここがモデルになっているのでしょう。 |
渇いた季節
ピーター・ロビンスン著 講談社文庫 イギリスの田舎を舞台にした物語り。干上がったダム湖の底にあった昔の村。 そこから見つかった白骨死体には明らかに惨殺のあとがありました。白骨死体を調べる段階で法歯学者が登場します。彼によると親不知がはえているのとその根尖孔がまだ閉じていないこと、それと切歯縫合がまだ閉じていないことから被害者は20代半ばくらいだろうといっています。 根尖孔とは文字どおり歯の根の先にある穴。この穴を神経と脈管が通ります。この根尖孔は加齢とともに狭くなるのです。切歯縫合というのは上顎の犬歯とその手前の切歯のあいだの骨の癒合のことです。これも加齢とともに閉じていきます。 殺された時代は、 村がダムに沈んだ第二次大戦のころだろうが、歯の治療の仕方を見るとこの被害者の歯はいい加減な治療を受けている。 これは腕のいい歯医者は軍にとられて残ったのは手元のおぼつかない年寄りばかりだからだといっています。 |
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骨と歌う女
キャシー・ライクス著 講談社文庫 女性の法人類学者が主人公です。検死官が医師なのにたいし法人類学者は医師ではありません。 おもに人骨について犯罪の被害者の鑑定をします。 この話の舞台はカナダのモントリオール市。 暴走族(といっても北米の暴走族はほとんどギャング団)の抗争でメンバーが二人爆死しました。二人は一卵性双生児の兄弟だったので、どちらがどちらかを区別するのにDNA鑑定は困難でした。ここで口の中の情報が役に立ちます。暴走族でありながら一人は歯の治療に熱心だったので、すぐに歯科のカルテが見つかったことと、もう一人は成人であるのに乳歯が4本も残っていたことから容易に区別ができました。 |
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既死感
キャスリーン・レイクス著 角川文庫 著者は講談社文庫『骨と歌う女』の著者キャシー・ライクスと同じ人です。出版社が違うと読み方も違うのですね。 でも訳者はどちらも山本やよいさんなの が面白いところです。この本の主人公テンペラス・ブレナンは『骨と歌う女』でも活躍する女性の法人類学者です。 さて歯形つまり噛みあとからは歯列弓の大きさや歯並びの具合が推定できます。この小説では、二つの歯形を比較することで同一人物かどうかを判定するシーンがあります。 舞台はカナダのモントリオール市。 連続女性殺人事件。 容疑者と思われる男の家がわかり捜査陣がそこに踏み込むが、まんまと逃げられてしまいます。男は捜査陣を嘲笑うかのように犯行を重ねます。 そして事件の容疑で一人の男が拘束されました。この男があのとき逃走した男なのでしょうか。逃げた男の部屋には歯形がついた食べかけのチーズバーガーがあり、写真に撮影されていました。拘束された男にはスタイロフォームを噛ませて歯型の写真をとりました。それら2枚の写真をコンピュータのディスプレイ上で重ねあわせて照合する作業が詳述してあります。 その結果は? 気になるひとは実際に読んでみてください。 |
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埋葬
リンダ・フェアスタイン 著 ハヤカワ文庫 ニューヨークの女性検事補アレックス クーパーが主人公。 かつてエドガーアランポーも住んだことがある古いアパートの壁から白骨死体が発見されました。被害者は骨格から若い女性と判明。歯の治療痕をみると奥歯の1本に高価なセラミックの歯がかぶせてある。しかし、ほかの歯は虫歯がむちゃくちゃひどい。このひどい状態はアルコール中毒や薬物中毒の人によくみられることから、被害者は10代のある時期までは高価な治療費を払えるような裕福な家庭に育っていたが、そのご転落した人生を歩んだのじゃないかと推測していま す。 白骨死体でも歯が残っていれば被害者の生前の生活を推定できるという例ですね。 |
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